とうさん、がんばるぞ!  日本大好き「とうさん」の子育て奮闘記&もろもろ。

【日本人よ、前を向け】欧米列強の大罪|アメリカの罪、日本の抵抗Ⅰ

前回の復習

奴隷狩り、奴隷貿易のひどさ、アボリジニ23万人、インディアン160~460万人の虐殺・・・前回は西欧白人の大罪を数値をもって確認した。
今回は土地征服欲の旺盛なアメリカが戦争を開始する際の常套手段を確認しよう。
前回を読んでない方はこちら↓↓↓
【日本人よ、前を向け】欧米列強の大罪|キリスト教と異民族大虐殺Ⅴ

リメンバー・〇〇〇

1890年にフロンティアは消滅し、西進は終わりを告げるわけであるが、アメリカは南方への進出も同時に行っていた。
当時テキサスはメキシコ領。南方の土地もどうしても欲しい。どうするか・・・戦争を起こすため一計を案じる。まずはアメリカ人をテキサスに入植させた。時期を置き、1835年、入植したアメリカ人は独立運動を起こす。翌年、155人の守備隊がアラモ砦に立てこもったが、メキシコ軍の攻撃により全滅した。なぜ全滅したのか・・・アメリカは見殺しにしたのだ。そしてこれを機に、

『リメンバー・アラモ』

を合い言葉に戦いを続け、翌年、独立を勝ち取った。アメリカはこれを46年に併合し、さらにカリフォルニアを狙って、メキシコに宣戦布告、勝利を得た。

1890年、フロンティアが消滅するとついにアメリカは海外覇権に乗り出す。
1894年、ハワイに入植していたアメリカ人は武力でハワイ王国の支配権を奪取し、アメリカ人宣教師の息子ドールを大統領とするハワイ共和国を作った。アメリカ合衆国はこれを4年後に併合する。 

1898年、侵略者スペインへの抵抗運動が激しくなっていたキューバにおいて、アメリカ人保護を目的とし、ハバナ港にアメリカは戦艦メーン号を停泊させていた。が、突如爆発、沈没し乗員260名全員が死亡した。アメリカはこれをスペインの謀略として、

『リメンバー・メイン』

を合い言葉に開戦し、勝利を得た。

キューバは独立を果たしたものの実質的にアメリカの保護国となった。フィリピンも一時スペインから独立したが、結局アメリカの植民地となった。さらにアメリカはこの戦争で、プエルトリコ、グアム島を奪取している。(1969年にアメリカ海軍当局は、メーン号の爆破はエンジン部分の故障による爆発だったとの調査結果を公表している。しかし、アメリカ自身の仕業という疑惑も消えていない)

なぜ、アメリカは海外へ、しかもアジアへその征服欲を延ばしてきたのか・・・

Manifest Destiny(明白なる天意)

西へ西へと勢力を広げるアメリカの意図はどこにあったのか。
当時の証言を引用しよう。マハン(米海軍大学の戦略研究家、セオドア、フランクリン、両ルーズベルト各大統領がマハン理論を信奉した)は、「海の支配力の歴史に及ぼす影響」という著書のなかで次のように言っている。
「大海軍の建造がまずアメリカにとって重要だ、二番目には世界各地に植民地を獲得する必要がある。三番目には、そのために海軍が世界各地に軍事基地を設けなければならない。それを踏まえてアメリカは世界貿易に雄飛すべきであり、その対象はとりわけて中国市場に目を向けなければならない。」
ベバレッヂ上院議員は、1900年に国会で次のような演説をしている。
「我々は東洋におけるわれわれの機会を放棄しない。我々は神によって世界の文明を託されたわが民族の使命を遂行するにあたってわれわれの役目を放棄しない。・・・今後我が国最大の貿易はアジアと行われるにちがいない。太平洋は我々の大洋である。・・・中国はわが国本来の消費者である。」
Manifest Destiny(明白なる天意)という言葉がある。ベバレッヂ上院議員の「神によって世界の文明を託されたわが民族の使命」とは、この事である。アメリカは、自らが非白人劣等民族の領土を植民地化することによって、文明をもたらすことを神から与えられた「明白なる天意」と称した。メキシコ、ハワイ、そしてフィリピンへと領土拡張を進めたアメリカの軌跡は、まさしくこの「明白なる天意」の周到着実なる実行である 。
国際派日本人養成講座より引用 】

結局、人種差別

西欧白人にとっては、有色人種など「非白人劣等民族」との認識しかなかったのだ。同じ人間とは見ていなかった。それは第一次世界大戦後の国際連盟発足に関わる事案にも明確に表れている。

日本は明治維新後、岩倉使節団が欧米視察を行った際、列強の傲慢さと後進国の悲哀をまざまざと見せつけられた。また不平等な条約を結ばされており、それを改正するのに非常な苦労を要したこと、そして世界のもめごとは人種差別と宗教によって助長されることを学んでいた。

そのため、人種差別を撤廃すべく、国際連盟規約に「人種差別」を撤廃する条項を盛り込むよう提案した。日本による「人種差別撤廃提案」である。
投票の結果、賛成票が圧倒的多数であった。しかし、当時の日本以外の列強は自らの国が奴隷を使っていることもあり、議長であるアメリカのウィルソンが議長権限で廃案にしたのである。1919年当時、欧米列強は精神性では日本よりかなり遅れていたのである・・・

次回、ついにアメリカの征服欲が・・日本の防衛をお楽しみに!
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日本に虹をかける!渡部昇一先生の歴史書はこちら↓↓↓

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