とうさん、がんばるぞ!  日本大好き「とうさん」の子育て奮闘記&もろもろ。

【日本人よ、前を向け】欧米列強の大罪|共産革命の闇|1億人粛清

前回の復習

日本は西欧白人が人種差別のもと、世界の弱小国に何をしてきたか知っていた。そして日本はそれに対抗すべく近代化への階段を駆け上がる。そしてついに西欧列強と肩を並べる大国となった。
前回を読んでない方は【こちら

その頃、日露戦争に負けたロシアでは何が起こっていたのか・・・

共産革命の大罪

1892年当時のロマノフ家

日露戦争中の第一次ロシア革命で絶対君主制から立憲君主制への移行をよぎなくされ、敗戦後1919年のロシア革命でついにロマノフ王朝は壊滅した。この王朝滅亡でも共産革命の凶暴性が垣間見える。革命軍は最初皇帝を幽閉するのであるが、革命軍に反抗する者たちの象徴として祭り上げられぬよう処刑する。皇帝・皇后に加え、幼子たち5人、皇帝を慕って最後まで同行した従者すべて、しかも愛犬まで。そして殺し方も残忍極まりない。皇帝に向かって銃を乱射し射殺、妻の頭部を打ち抜き射殺、滅茶苦茶な乱射をしたため煙で前が見えなくなり、煙が収まり確かめると子供達の中には軽症で生き残っている者もいた。その生存者を銃掌で殴り殺し銃剣で突き殺した・・・

また、革命直後の2年間で処刑された者(特に旧支配層)は100万人に及んだ。旧支配層が一掃され、共産主義者の天下が来る。これで粛清は終了したと思われた。しかし動き出したギロチンは簡単に止まらない・・・共産主義を否定する者はもちろん、密告、策謀、でっちあげ・・・どんな場合でも一度捕まると拷問、自白強要、判決、流刑、処刑・・・隣の人間が気に入らなかったら罪をでっちあげ、共産党に密告する。すると翌日には隣人は姿を消す・・・

このような共産主義の狂ったような残虐性もソ連国内だけで行われていたなら問題はない。内政問題だからだ。しかしソ連は世界へ広めた。支那共産党、北朝鮮、ベトナム、カンボジア・・・。ソ連国内で起こった虐殺やその後の処刑が、共産主義を輸入した各国で行われたのだ。その犠牲者数なんと1億7千万人・・・(推計数はアルバート・ウィークス教授の研究による)

17~19世紀、西欧白人達が世界各国で虐殺した先住民や奴隷貿易で死に追いやった1億数千万の犠牲者をはるかに凌駕する・・・西欧白人の、狩猟・牧畜民族の、残虐性がここでもいかんなく発揮された。

なぜ共産主義は血を求めるのか。それは、共産主義が資本家階級の搾取を「悪」とし、そこから労働者階級を解放することを「正義」としたからだ。したがって資本家階級を弾圧し、虐殺し、彼らの冨を奪うことは「正義」になる。彼らの「革命」には必ず暴力と粛清が伴うのだ!

そのため共産主義を謳う政党を禁止している国もある。日本の共産党も本来は皇室を廃し(彼らの言葉では天皇制の打倒)、暴力革命を「是」とする政党なのだ。共産主義者がどういう者か理解できただろうか。

共産革命の混乱による日本人虐殺

尼港事件は1920年に起こった共産パルチザンによる日本人虐殺事件だ。

1919年、ロシア革命が起こるが、世界各国は一都市でのテロとしか見ていなかった。しかしロシアを束ねていた皇帝が殺害され、政府も倒されると、ロシア各地が無政府状態に置かれる。各国は自国の居留民を護るために、国際協調してロシアへ軍を駐留することとした。

シベリアのさらに東方、樺太の近くにニコラエフスク(日本名:尼港市)にも軍が駐留していた。そしてその家族も・・・

ロシア革命によりロシア各地は無政府状態に陥り、刑務所などからは犯罪者が逃げ出し民衆から略奪の限りを尽くしていた。シベリアといえば当時ロシアの最大の流刑地だ。そこからも大量の犯罪者が逃げ出した。

尼港事件主犯たち・・・中央の白いのが親玉。後ろの屏風は日本人から略奪したもの

彼らは共産パルチザン(共産革命非正規軍を自称)を名乗り、暴虐の限りを尽くしながら、尼港市にせまりつつあった。

長くなるので尼港事件の詳細は次回へ譲る・・・
尼港事件はこちら↓↓↓

https://zen-golf.com/?p=1647

日本に虹をかける!渡部昇一先生の歴史書はこちら↓↓↓

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