とうさん、がんばるぞ!  日本大好き「とうさん」の子育て奮闘記&もろもろ。

【日本を知ろう】国體8|大東亜戦争後の世界|アジア各国の想い

  • 2019年9月30日
  • 2019年11月4日
  • 國體
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自己の考えを持つ

前回、人種差別をしないという精神は、神武天皇の「建国の詔」にある「八紘一宇」の精神によるものであり、この崇高な理念をもって大東亜戦争を戦ったこと、そして日本は戦争自体には敗北したが、掲げた理念(人種平等とアジア・アフリカ諸国の独立)は実を結ぶことになったと述べました。
前回は【こちら

左巻きの人たち(特に日教組等)は、「八紘一宇」などと戦争を正当化するプロパガンダを行い、天皇中心に国家があの戦争に国民を巻き込み、多大なる被害をアジア諸国に与えたのだ。だから日本は反省せねばならない!との論調をとります。

本当にそうでしょうか。そしてそれは本当に事実から導き出した「日本人の考え」なのでしょうか?

とうさんは、この考えは“東京裁判史観”、GHQの占領政策により歪められた事実から考え出された“自虐史観”でしかないと考えています。GHQの占領政策や東京裁判とは何であったのか、についてもいずれ取り上げたいと思います。様々な情報を知り、一人一人が自分の考えを持つことが、誇りある日本を取り戻すための道であると信じます。

東亜の安定に寄与する日本

今回は戦後のアジア各国の日本に対する思いをみてみましょう。しかしその前に「開戦の詔」の中から平和に対する思いと、世界で初めて行われた有色人種による国際会議で決められた「大東亜共同宣言」の中身を見てみたいと思います。

(開戦の詔から一部抜粋:現代語訳とうさん)
東亜の安定を確保し、世界の平和に寄与することは、ご先祖さまからのお考えであり、私もそう考え、常々そうでありたいと思うところである。
【原文】抑々東亜ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄与スルハ、丕顕ナル皇祖考、丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ、朕ガ拳々措カザル所。

大東亜会議 各国代表者

左からバー・モウ、張景恵、汪兆銘、東條英機、ワンワイタヤーコーン、
ホセ・ラウレル、スバス・チャンドラ・ボース

【大東亜共同宣言(現代語訳:原文は各自お調べ下さい)】
世界各国が、民族毎に自分たちの土地を持ち、お互いにたすけあって、ともに国家として発展し、みんなで明るく楽しみをともにするためには、まず世界平和の確立がその根本です。
けれども米英は、自国の繁栄のためには、他国や他の民族を無理矢理押さえつけ、とくに東亜諸国に対しては飽くなき侵略と搾取を行い、東亜諸国の人々を奴隷するという野望をむきだしにし、ついには東亜諸国の安定そのものを覆(くつがえ)そうとしています。
つまり、東亜諸国の戦争の原因は、そこにその本質があるのです。
そこで東亜の各国は、手を取り合って大東亜戦争を戦い抜き、東亜諸国を米英の押さえつけから解放し、その自存自衞をまっとうするために、次の綱領にもとづいて、大東亜を建設して世界の平和の確立に寄与します。

1 東亜諸国は、協同して東亜の安定を確保し、道義に基づく共存共栄の秩序を建設します。
2 東亜諸国は、相互に自主独立を尊重し、互いに助け合い、東亜諸国の親睦を確立します。
3 東亜諸国は、相互にその伝統を尊重し、各民族の創造性を伸ばし、東亜諸国それぞれの文化を高めあいます。
4 東亜諸国は、互いに緊密に連携することで、それぞれの国家の経済の発展を遂げるとともに、東亜諸国の繁栄を推進します。
5 東亜諸国は、世界各国との交流を深め、人種差別を撤廃し、互いによく文化を交流し、すすんで資源を解放して、世界の発展に貢献していきます。

大東亜戦争後

以上が、大東亜共栄圏を創るために各国と合意した宣言です。
戦後、占領国アメリカは30のプレスコードの中に「大東亜共栄圏の喧伝」を入れました。欧米にとって、この理念はあまりに都合が悪かったのでしょう。西欧列強こそが「悪」であり、その圧政を跳ね除け、東亜諸国で団結して良い国を創っていこう、との宣言なのですから。言論統制をかけてまで隠そうとするはずです。

当然、日本の国益(アジア諸国が独立し、そこにある資源を輸入できるようになることで当時の石油禁輸措置から日本を守ることができる)のために動いたことは確かでしょう。しかし、このような精神を持って日本は大東亜戦争を戦い抜いたことも事実です。そして戦いには破れましたが、その“こころ”、その精神は大きな翼を持ち、世界中を駆け巡りました。

アジア・アフリカ各国の言葉

1973年にタイの首相になったククリット・プラモード氏は、「サイヤム・ラット」紙の主幹だった頃、「12月8日」と題した次のような記事を書いている。
「日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったがためである。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して、重大な決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」

「 私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声を上げました。敗れて逃げてゆくイギリス軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。日本軍は永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました 」
 ラダー・ダト・ノンチック元上院議員

「日本時代にこそ、今日の台湾経済発展の基礎が培われた」
台湾 李登輝総統

「インドが今日独立できたのは日本のお陰であり、それはひとりインドだけではなく、ベトナムであれ、カンボジアであれ、インドネシアであれ、旧植民地であったアジア諸国は、日本人が払った大きな犠牲によって、独立できたのである」
インド ラダ ・クリシュナン大統領

「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。真実のビルマの独立宣言は 1948年の1月4日ではなく、1943年8月1日 に行われたのであって、真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、東条大将と大日本帝国政府であった」
ビルマ(現ミャンマー)バウ ・モウ
 自著「ビルマの夜明け」から抜粋

ASEANセンターの中島慎三郎代表がインドネシアのバンドンで体験した南アのネルソン・マンデラ一行との大東亜戦争に関する対話:
『マンデラ使節団のメンバーの華僑が、我々に「華僑か。」と聞くので「我々は日本人だ。」とインドネシア語と英語で答えたら、使節団のインドネシア人とマレー人は非常に喜んで、日露戦争と大東亜戦争を礼賛した。「日本軍がインド洋を越え、エジプトまで来てくれていたら、南アは10年早く1950年ごろには独立していたに違いない。」と口々に言うので本当に驚いた。また、「日本軍は大東亜戦争を途中で止めたから怪しからん。」と微笑を浮かべて力説する男がいた。(マンデラ氏の)側近は、「マンデラ氏も我々と同意見である。マンデラ氏は、『日露戦争の日本、大東亜戦争の日本、援助する日本、工業の日本に感動した。日本に行きたい。天皇陛下にお会いしたい。』と、毎日語っている。」と説明してくれた。

 日本人の多くは気がついていなかったが、大東亜戦争の波は、確実にアフリカにまで届いていたのである。

次回、教育勅語に込められた「國體の精神」・・・↓↓↓

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