日本大好き「とうさん」の 〝つぶやき″ & ときどき FX

【日本人よ、前を向け】欧米列強の大罪|キリスト教と異民族大虐殺Ⅲ

前回の復習

コロンブスが西インド諸島にたどり着いて以来、西欧白人達は圧倒的武力差を背景に原住民に対し、虐殺・略奪・強姦・奴隷化などありとあらゆる「悪」を成してきた。そしてそれは時を重ね、全世界に波及していった・・・そんな中、我が国日本は「強大な武力」を背景に国の独立を守っていた。
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【参考文献および引用:清水馨八郎著「侵略の世界史」】

スペイン以外の国

当時スペインと海洋進出を争っていたのはポルトガル。世界史でも習ったであろう、喜望峰に到達したバーソロミュー・ディアスやヴァスコ・ダ・ガマは有名だ。彼らはポルトガル人航海士であった。
コロンブスが西回りでインド(実際はアメリカ大陸)に到達したと聞いたため、それ以外の航路でインドを目指した。なぜヨーロッパの人間は海からのインド到達を目指したのか。陸路で行く道もあったはずである・・・
陸路には当時世界最強のオスマントルコ帝国が最盛期を迎えていたのだ。1517年にはエジプト王朝を倒し、イスラムをも勢力圏に収めた。
そうした中、ポルトガル航海士はアフリカを回り、ついに1498年インドに到着した。到達から13年後の1511年、マレー半島のマラッカに到着し、マラッカ王国を占領し東洋貿易の拠点とした。西欧ではとれぬ「香辛料」の生産地を手にしたポルトガルは香辛料貿易で巨万の富を得る。
この頃、黄金の国「ジパング」を目指したポルトガル船が嵐で座礁し、種子島に鉄砲をもたらすこととなる。この鉄砲を日本は直ちに量産してしまうわけだが、結果として征服しにきた人間達の武器が自国を護ることとなるのである。なんと歴史の面白いことか。そこには当然、日本人の知識や技術の高さがあってのこと。日本はなんと凄い国なんだろう!

ポルトガルとスペインの競争

香辛料を得る競争で敗れる形となったスペインは、ポルトガル人航海士マゼランを援助し、西回りでインドに到達する航路を発見するよう命ずる。マゼランは途中、サイパン、テニアン、グアムなどで海賊行為を働きながらついに1521年、フィリピンのセブ島に到着する。
スペインに送れること10年・・・しかしやることは同じ。寄港した土地や島に十字架とスペイン王国の標識を立て、勝手にスペイン領だと宣言して回った。先住民のことなど全く眼中になかった・・・

こんな小さな二国が・・・当時スペイン500万人、ポルトガル100万人の人口であった・・・

こうしてアジア地域でスペインとポルトガルがぶつかることとなる。両国に争いが起こることは必至であった。そのためそれを見越し、1494年トルデシリャス条約、1529年サラゴサ条約がローマ教皇の権限のもと、結ばれることとなる。いま考えれば、二国が勝手に世界を二分するというとんでも条約である・・・

二つの国の没落

スペイン・ポルトガル共にすさまじい勢いで世界を席巻するのであるが、その繁栄はほぼ1世紀しか続かなかった。二国はその支配範囲を広げすぎたことと、現地から収奪した富をただただ贅沢に使うことだけにしか頭がなかったからだ。

富を自国の支配層にまで及ぼすことで資本主義を育てていった国が、この二国にとってかわることとなる。

英仏欄による植民地支配

オランダは1602年、それまでの諸会社を合同して「オランダ東インド会社」をジャワに設立した。そして諸外国と戦争し、勢力を拡大していく。特にポルトガルの貿易拠点を次々に奪い取り、17世紀中ごろには現在のインドネシアを中心とした地域に確固とした拠点を築いた。そしてこれ以降330年もの長きに渡るオランダによるインドネシア支配が始まるのである。

フランスは北米から侵略を始める。イギリスと対立しながらも20世紀初頭にはアジア・アフリカに広大な植民地を形成し、フランス植民地帝国を築く。

イギリスは十八世紀・十九世紀に植民地を増やし、覇権を握る。産業革命がなった1760年代以降は特に国力が増大し、それと同時に「武力」も増してきた。イギリスの覇権は200年続いたわけだが、その理由はキリスト教を支配に使う手段は同様だが、内容が違った。狂信的な異教徒弾圧等をしなかったのである。

しかし欧米列強の植民地統治方法はほぼ同一だ。その統治方法は、
1.原住民を文盲のままに放置し、土侯を使って間接統治
2.キリスト教に改宗したものは、優遇して警察官や軍人に登用
3.欧米人と現地人の混血児童を中間階階級にし、民族分断を図る
といったものであった。これが有色人種の国を植民地化するときの常套手段である。先住民に教育を普及させず、少数民族を特権階級としておくことで民族の分断を図る。

日本の植民地政策と比べてみるとよい。日本は、韓国にも台湾にも教育を施し、日本と同じインフラレベルとなるよう日本の税金を惜しみなく投入し、役人や警官にも現地の人々を採用した。それに加え、将来の独立のために軍事教育まで行うこともあった。

西洋欧米の植民地支配は「株式会社型」、日本の植民地支配は「共同体育成型」なのだ。株式会社型は利潤の追求が最大目標であり、原住民の生活やしあわせについては一顧だにしない。ところが共同体育成型の植民地支配は、いかにして国を豊かにし、そこに住む人々をしあわせにできるかを考える。

アメリカ・オーストラリア

いままで述べてきた中で、抜け落ちている国がある。アメリカだ。アメリカはイギリスからの移民が作った国である。オーストラリアもイギリスの流刑地としての入植から始まった。この二つの国でも大罪が繰り広げられる・・・

次回はアメリカ・オーストラリアについてみてみよう。続きはこちら↓↓↓

日本に虹をかける!渡部昇一先生の歴史書はこちら↓↓↓

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